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認知症と告げられて

父は57歳で認知症と診断されました。

父の日記

50才を境に私の身体には、病が沢山寄って来てくれます。
もっといい物なら感激するけどネ(笑)

最初は、握ったタバコ・箸を落とし、軽いシビレとかで
心房細動をしました。
次は、セキ・タンがよく出て、身体も、だるくなり、
肺がんになりました。
続いて、腹痛と重苦しさの数々で内科(胆管)と
外科(胆嚢)で2回手術をしました。

最後はアツルハイーマで、この病は、なかなか手ごわいので
一日でも多く、悪あがきして頑張ります。(笑)

私が、よく言われる言葉には。一味さんはほんとに悪運が強いな〜と、
友人・知人に言われながら細々と息をしています(笑)
ほんと、自分で運の良さを、自分に感謝と感心してます。

娘も息子も、お父さんって普通の人が出来ないような体験を沢山して、
また乗り越えてきたんやから・・・スゴイ事やと言いますが。

私は子供達には、世の中にはお父さんより上には上がいるからと
(ええかっこして)いっていました。
ただ、私達の周りに誰も居なかっただけやけどと言いました。

でも、一人だけ今も、私の側にいます。
友人Mさんで(都会育ちで経験豊富)凄い人がいてます。
私一人ではダメで困った時に、色々と助けてもらい本当に
今も感謝してます。
顔をはコワモテで、頭は切れるし・義理人情が有り、
私の人生でこの人だけは凄い男と思います。

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認知症って

この二○年ほどの間に、わが国ではお年寄りについての関心や論議が高まってきています。
その背景には、近年の急速な高齢人口の増加があり、それによってお年寄りをめぐる経済、住宅、福祉、健康などのさまざまな問題が起きているからです。
高齢化に関する問題は、単にお年寄りだけの特別な問題ではありません。若者と呼ばれる人たちもやがてその仲間入りをするわけですし、また、お年寄りと接する機会やお年寄りのために仕事をする人たちも増えているからです。老若男女を問わず、だれにとっても重大な問題であることは多くの人が気づいているところです。
多くの人びとがお年寄りをめぐる家庭や社会の問題を考えるようになりましたが、科学的な究明はまだ十分とはいえません。誤った理解がされている点も多く、事実をできるだけ正確に知っておくことは高齢化社会、とくに認知症をはじめとするお年寄りの心身の健康について考える上で重要なのです。

認知症がこれほどまでに多くの関心を呼ぶのは、なんといってもお年寄りの病気のなかでもとりわけ対応が困難だからだ、と思います。また、お年寄りの精神障害の全体についてみても認知症の頻度が高いからです。しかし、残念ながら認知症の一部は、まだその原因が十分に解明されていません。


認知症とは、正常に発達した知能が慢性的に低下した状態をいいます。詳しくいいますと、成人まで正常に発達した後に、脳の障害によって慢性の病的な知能低下の状態が認められたとき、認知症と呼びます。したがって、認知症と区別されなければならないものには正常な精神老化、意識障害精神遅滞(薄弱)、神経学的巣症状、機能性精神障害などがあります。これらについては後に詳しくふれます。
認知症を起こす原因は、脳のほかに身体にある場合もあります。つまり身体の障害によって二次的に脳に障害が起こり、認知症が発生することがあります。また、かつては認知症は治らないものとされてきましたが、今では治療によって治る場合もあります。つまり、認知症は治らないというのは誤った考えで、認知症の原因となる身体や脳の障害を除去したり、治療することによって認知症の一部は治すことができるのです。
一方、「ぼけ」ということばがしばしば用いられますが、ぼけは通俗的なことばであって
専門用語ではありません。ぼけということばは、正常でもよくみられるうっかりしたミスや勘違いに対して用いられることもあれば、だれにもある物忘れに用いられることもあります。
また、先に述べたような認知症と同じように用いられることもあり、解釈のされかたはさまざまです。ぼけということばはあいまいなので、使うときはそのつど意味をはっきりさせる必要があります。
さて最近、高齢化社会の到来ということばをよく耳にします。そうしたこともあって、お
年寄りの問題への関心はますます高まっています。「老い」の問題は、だれもが真剣に考えねばならないことなのですが、年をとると「おいぼれてしまう」「認知症になってしまう」という不安が先に立ち、年をとることから眼をそむける傾向があるように思います。
また、お年寄りの域に達するまでひたすら働き続けた人が、老後への心構えも十分にできないうちに気がついたらすっかりお年寄り扱いされていた、というような現実もあります。

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