「流動性能力」と「結晶性能力」

アルツハイマー病やパーキンソン病など神経変性疾患神経細胞死、さらには加齢にともなう神経細胞死にも主役的な役割を果たしていることが、しだいに明らかにされてきている。アポトーシスが注目される理由は、その指令と抑制に関与する種々の分子機構がくわしく明らかにされたことで、アポトーシスを制御することによって、老化や神経変性の進行をある程度遅くする手段がみつかるかもしれないと期待されているからである。
 

昔は、高齢になると必ず知的機能が低下すると考えられていた。いまから数十年前の研究結果では、知的機能は二○歳がピークで、その後は低下するばかりだと考えられていた。いま考えると、これは病的な脳の老化をも含めた検査結果だと思われる。

 

人の知的能力には「流動性能力」と「結晶性能力」とがあ
り 高齢に達しても、なお高い知的機能を保っている人は決して少なくない。俗に「優秀老人」と呼ばれる人たちである。優秀老人の場合、若い対照群とくらべ
て、言語性知能にはほとんど差がなく、動作能力が少し低いというくらいの違いしかみられない。
 

この優秀老人に関する心理テストの結果はきわめて興味深い。優秀老人たちを社会的活動のレベルの高低差が認められない。
 

すなわち、現在行われている心理テストや知能テストで老人の知的機能を評価することは、不可能だということである。逆にいえば、老人の知的・社会的活動
を支えるものは、テストで評価できるほど単純なものではなく、健康条件、社会的・経済的条件、生活環境、性格など、さまざまな要素が絡み合っているので
衰えやすいのは流動性能力である。
 

たしかに流動性能力に含まれる諸機能は、性的機能の加齢変化に似て、二○歳代からすでに低下し始めている。これに対して、結晶性能力は四○歳代、五○歳代においてもなお上昇し続
け、高齢になっても容易に衰えない。いいかえると、単純記憶は老齢になれば低下するが、総合判断力は七○歳くらいまでは上昇し続ける(図1‐3)。政治家や大会社の社長が、六○~七○歳でも務まるのは、この理由による。すなわち、年をとるにつれて単純記憶能力が低下する
だけではなく、同時に知的機能の質的な変化が起こる。