抗認知症薬

認知症薬とは、文字どおり認知症の患者に用いる治療薬であるが、発病と進行を抑制する「根本治療薬」と、その時点の症状(記憶障害や知的機能障害)を改善する「対症療法薬」の二種類に分けて考えるべきである。根本治療薬は最も期待されるものであるが、現在のところまだ病因の手がかりがまったくつかめていないので開発は不可能である。


一般に抗認知症薬といった場合には対症療法薬のことをさすが、これは大脳皮質の構造がまだ完全には破壊されてしまっていない時期に、一定の期間だけ有効性が期待されるものである。
最も望まれているのは、症状の改善効果をもち、かつ認知症の進行を防止する作用も併せてもっている治療薬ということになる。
現在、世界中の製薬メーカーは、こぞって新しい抗認知症薬の開発に力を入れている。記憶力をはじめとする知的機能を直接的に改善する狭義の抗認知症薬は、わが国ではまだ認可されたものはないが、現在、欧米では少なくとも二種類存在する。また、わが国では、ほかの疾患の治療薬として市販されている非ステロイド系消炎鎮痛剤や脳循環代謝改善薬の一部のものが、痴呆患者の臨床評価スケールを改善させたという、欧米での二重盲検試験(医師も患者もどんな薬を投薬されているのか知らされないで行う薬剤試験)の結果が報告されている。
ここでは、欧米で実用化されている抗認知症薬を中心に、そのほか代表的な開発中の薬剤について述べる。

 


アセチルコリン分解酵素阻害薬
脳内のアセチルコリン系神経機構が、記憶や学習などの高次の知的機能を支える根幹であることは古くから知られている。また、アルツハイマー病患者の脳では、アセチルコリン系に低下があることから、アセチルコリン系の機能を賦活させることを目的として開発された薬剤でアセチルコリン系の機能を高める方法としては、アセチルコリンの前駆物質、合成酵素賦活薬、分解酵素阻害薬、レセプター刺激薬投与など、さまざまな方法が考えられるが、アセチルコリン分解酵素阻害剤であるタクリンが、次いでドネペジルが治療薬として米国で実用化された

 

⑩タクリンー一九九三年に米国FDA(食品医薬品局)で許可された世界初の抗認知症薬である。一一重盲検試験で最初にアルツハイマー病患者に効果があると報告されたのは一九八一年であるが、その後、効果がさほど大きくないという指摘に加えて肝障害を起こしやすいという副作用などから、一時開発が中断されていた。その後、さまざまな試験が行われ、賛否両論はあるものの、軽症から中等症のアルツハイマー病に有効であるとの見解が一般的となって米国での発売が許可された。しかし、市販された後も評価は上がらず、むしろ失望感がひどく、最近になって発売が中止になった。将来わが国で発売されることはないと考えられる。むしろ、アセチルコリン分解酵素阻害薬の実用化への足がかりとしての歴史的意味がある薬剤といえる。


②ドネペジル(E2020)l日本の製薬会社(エ‐ザイ)によって開発されたアセチル
コリン分解酵素阻害薬で、一九九六年に日本よりも先に米国で市販が認可され、現在、ョ-ロッパでも認可されている。基本的にはタクリンと同様に、アセチルコリン分解酵素の阻害薬であるが、薬理作用の特異性が高く、しかも肝毒性がほとんどないなどの利点がある。また、作用時間が長く、一日一回の投与でよいなどの利点があり、軽症から中等症のアルツハイマー
の患者に投与することが米国のFDAによって許可されている。


臨床では、六カ月間の投与期間中には認知症患者の認知に関する成績がよい値を取り続けている。しかし、神経の変性を止める効果はないので、薬剤を中止すると知的機能は対照群と同様の数値となる。治療効果は比較的大きく副作用がきわめて少ないので、一日も早く日本での認可が待たれている薬である。