にせの世界を否定しない

認知症状態が進むと、自分の娘を姉や妹、時には母親と勘違いすることがあります。認知症のお年寄りが病院や施設で生活していると、仲間同士では、昔からの親しい間柄のようにふるまっていることがあります。
 
七八歳のFさん(女性)は、隣のベッドの七五歳のKさんを実の妹と思っていました。どこへ行くにも一緒です。食堂のテーブルでは、他のお年寄りを交えて話がはずみます。看護者には理解できないような話をしていましたが、時折Fさんは、「ね、そうでしょう」とKさんに同意を求めると「うん」とKさんは笑顔でうなずいていました。
 

こうした状況を室伏君士氏らは、「誤認(なじみの仲間はおたがいに昔からの知り合いとか)や作話などの『にせの世界(虚構の世界)』にあるということができる」と述べています。
 

また、「これらの間違い(勘違い)を私たちがそんなはずはないと理論的に追求して、徹底的にその間違いをこわしてゆこうとすると、老人たちは、混乱したり萎縮したりして、人格がばらばらとなって認知症化してゆく。したがって、この『にせの仲間関係(テーブルメイト)』のできるのを手助けし、安定の位置を占めさせ安住すると、楽しげに活発に元気に暮らしてゆくものである」と述べています。
 

家庭でも似たようなことが起こることがあります。現実のことを知らせることで、お年寄りが落ち着く場合は別として、必死で間違いを訂正する必要はありません。むしろお年寄りの「にせの世界」に合わせていくことで、お年寄りの安定が得られることが大事だと思います
 
七二歳のKさんは、七八歳の夫の介護をはじめて八年目。夫は最近、時おり奥さんのことがわからなくなります。「あんたどこの人だね」といわれて思わず、「五○年も連れ添ったあんたの女一房でしよ」といったところ、「そんなばばあは俺の女一房じゃない」といわれたそうです。そのくせ奥さんが出かけると「あいつはどこへ行った」と探し回るそうです。「こんなに苦労しているのに」と奥さんは涙ぐみました。
 
このような場合、隣のおばあさんになったり、久々に訪ねてきた親戚になったり、時には母親や姉などを介護者が演じるとよいでしょう。その場その場で柔軟に対応できるようになると、介護者の気持ちにも余裕が出てきます。