介護する環境を整える

在宅介護の場合、介護者を少しでも休養させるために、デイケアの施設を利用することが勧められる。最近では大都市を中心として、ボランティアグループによる「保老園」運動が盛んになりつつある。保育園と同じような発想で、軽症の認知症老人を昼間だけ預かり、歌、手芸、料理などをグループで行うもので、早く全国的に広まることが期待される。

認知症老人を介護する施設をどこに設置するかについてもよく考える必要がある。日本は地価が高いということも関係しているが、施設を人里離れた郊外に設ける傾向がある。外国の例をみるとさまざまである。
筆者は数年前に文部省在外研究員として北米の調査をしたことがあるが、アメリカ合衆国では引退した老年者が集うまったく新しい町を、気候のよいアリゾナ州などにつくっている。老年者ばかりでつくる町、ゴルフコースを囲むように建てられた美しい町並みは、たしかにすばらしい。町独自の診療所や消防署まで完備しており、高齢者たちの作業場などもすばらしい。
しかし、若者のいない、引退したお金持ちばかりの町は、筆者にはあまり居心地がよいようには思われなかった。


次に隣のカナダに行ってみると、同じ北米にあり英語圏であるにもかかわらず、まったく異なった取り組み方である。認知症老人を介護する施設は、一一○~三○人規模のものをできるだけ町の中に建設するという方針であった。応対してくれた係官は、町の中にあれば家族が頻繁に訪れることが可能だ、ということが最大の理由であると胸を張って答えてくれた。
ョ-ロッパ、ことに福祉国家といわれている北欧では、昔から養老院を幼稚園や小学校に隣接して建てていたが、ョ-ロッパとのつながりの深いカナダでは、この伝統が引き継がれているように思われる。アメリカ合衆国型がよいかカナダ型がよいかは、それぞれの国民性や文化的背景から選択されるべきであろうが、筆者には家族との接点の多いカナダ型に学ぶべき点が
多いと考えている。


老人は一般に、使い慣れた自分のもち物や長年見慣れた家具などに、自分の生活史を投影した特別な感情をもっているものである。しかも環境の変化に対する順応性は、若い頃にくらべて落ちてきている。このことから、入院や転居などをきっかけとして、認知症症状が出たり進行
したりすることがよくある。


転倒して骨折などをして入院することなどによる認知症の発現を予防するためには、滑りやすい床や、つまずきやすい物などを老人の周囲からできるだけ排除しておく必要がある。また、高齢者では全身麻酔下で手術を受けると、それをきっかけに認知症が急に出てくる場合も多いので、身体疾患の早期発見・早期治療を心がけることも重要である。たとえば、若い人が肺炎に
なれば高熱が出るが、老人では重症の肺炎になっていても高熱は出ず、なんとなく元気がないだけのことがある。だから、同居している家族に求められることは、アンテナを高くして、いつもと少しでも違ったことがないか常に注意深く観察することである。


夜間せん妄の予防のためには、夜間に目が覚めて周囲を見た時に錯覚するような物を置かないことである。たとえば、室内にハンガーに掛けた洋服を下げておくと、人影と誤認する場合
が多いし、数枚の座布団を積み重ねておくと猫がうずくまっている、と錯覚する。このようなことを防ぐためにも、夜間は寝室を真っ暗にするのではなく、中ぐらいの明かりをつけておくほうがむしろよい。

 


また、施設に入所する場合、ョ-ロッパなどの先進国の養老院や施設では、使い慣れた小さな家具をもって入所することができるようになっている。日本では長年にわたって入所する痴呆老人が施設側の家具に合わせることが当然とする風潮があった。しかし、最近になってようやく日本でもこの運動が根づき始め、いくつかの認知症老人専門病院では、日本人になじみやすい木造の病室をつくり、しかも長年慣れ親しんできた小さな箪笥や鏡台などをもって入所できるような配慮がされるようになってきている。このように、日本における認知症老人の専門施設における介護・環境も飛躍的に改善しつつある。