やさしく語りかけ接する

高齢者は一般にうっ状態やうつ病を発病しやすく、喪失体験がきっかけとなって認知症が発症する場合が決してまれではない。きっかけとなる喪失体験としては、配偶者との死別、同居していた孫の結婚、かわいがっていたペットの死亡などが代表的なものである。

 

また、認知症老人においては、知的機能障害はあるものの感情面での交流は保持されている場合が多く、したがって、介護者や近所の人たちの気持ちは敏感に認知症老人の心にも伝わっていくものである。これらのことから、介護者は認知症老人の行動面における失敗を叱責してはならないのが原則である。認知症老人が攻撃的な言動や精神的興奮をきたす場合には、多くの場合何らかの原因がある。介護者や家族の言動をよく観察していると、認知症老人の自尊心を傷つけている場合が比較的多く見受けられる。


認知症老人は自分のしたことは忘れてしまっても、介護者に厳しく叱責された屈辱感だけは十分に自覚され、しかも後まで残るからである。激しい叱責の結果、症状が悪くなることはあっても、決してよくなることはない。逆に上手に、すなわちやさしくしかも明るく、認知症老人を力づけるように対応することで、症状をよくする場合がしばしばある。語りかけとスキンシップがきわめて効果的であることは最も重要な点である。

 

そのほか、不満や怒り、恐怖、過去のつらかった時の思い出に固執している時などにも、攻撃的な言動を起こしやすい。また、認知症老人は自分の意思を適切に表現できないもどかしさがあって、相手の話や行動に十分に合わせられない。以上のことを考えた場合には、認知症老人とあたたかく接することが、最も大切であることがわかる。


また、他人に対しては比較的機嫌よく対応するにもかかわらず、最も熱心に介護してくれる肉親や介護者に攻撃的言動を向ける場合が多い。もし認知症老人が介護している人のことを非常に悪くいう場合には、その攻撃対象になっている人こそが身近で最もよく世話をしている人だと考えて間違いない。だから認知症老人が悪くいう介護者を、第三者が非難したりすることは慎むくきである。

日々の生活では、伝えたいことはできるだけ簡単に、しかも大きな声ではっきりと話しかけることが大切である。知的機能ばかりでなく聴力も落ちていることが多いからである。また、認知症老人は時に、あるいはしばしば実行困難なことを要求することがある。たとえば、すでに解約して使ってしまった銀行預金について、まだ預金があると思いこんで、お金をおろしてき
てくれなどということがある。これに対して、すでに解約してしまったから、と言下に拒否する態度は好ましくない。まずは認知症老人の発言を受け入れて「希の(はい、わかりました)」と返事をしておいて、その後で、時間をかけて介護者の考えに向けていくことが好ましい。その場合、弓三(しかし)」といって時間をかけて否定する方法と、時間をかけて忘れてくれるま
で待つかはケースによる。


次に認知症老人への接し方を簡単にまとめておくと。
1 大原則l人格の尊重.
2.すべての能力が衰えているわけではないことを理解しておく。
3.叱らないこと。
4.環境を急に変えないこと。
5.情報は簡単に、しかも大きな声で伝える。

介護する環境を整える

在宅介護の場合、介護者を少しでも休養させるために、デイケアの施設を利用することが勧められる。最近では大都市を中心として、ボランティアグループによる「保老園」運動が盛んになりつつある。保育園と同じような発想で、軽症の認知症老人を昼間だけ預かり、歌、手芸、料理などをグループで行うもので、早く全国的に広まることが期待される。

認知症老人を介護する施設をどこに設置するかについてもよく考える必要がある。日本は地価が高いということも関係しているが、施設を人里離れた郊外に設ける傾向がある。外国の例をみるとさまざまである。
筆者は数年前に文部省在外研究員として北米の調査をしたことがあるが、アメリカ合衆国では引退した老年者が集うまったく新しい町を、気候のよいアリゾナ州などにつくっている。老年者ばかりでつくる町、ゴルフコースを囲むように建てられた美しい町並みは、たしかにすばらしい。町独自の診療所や消防署まで完備しており、高齢者たちの作業場などもすばらしい。
しかし、若者のいない、引退したお金持ちばかりの町は、筆者にはあまり居心地がよいようには思われなかった。


次に隣のカナダに行ってみると、同じ北米にあり英語圏であるにもかかわらず、まったく異なった取り組み方である。認知症老人を介護する施設は、一一○~三○人規模のものをできるだけ町の中に建設するという方針であった。応対してくれた係官は、町の中にあれば家族が頻繁に訪れることが可能だ、ということが最大の理由であると胸を張って答えてくれた。
ョ-ロッパ、ことに福祉国家といわれている北欧では、昔から養老院を幼稚園や小学校に隣接して建てていたが、ョ-ロッパとのつながりの深いカナダでは、この伝統が引き継がれているように思われる。アメリカ合衆国型がよいかカナダ型がよいかは、それぞれの国民性や文化的背景から選択されるべきであろうが、筆者には家族との接点の多いカナダ型に学ぶべき点が
多いと考えている。


老人は一般に、使い慣れた自分のもち物や長年見慣れた家具などに、自分の生活史を投影した特別な感情をもっているものである。しかも環境の変化に対する順応性は、若い頃にくらべて落ちてきている。このことから、入院や転居などをきっかけとして、認知症症状が出たり進行
したりすることがよくある。


転倒して骨折などをして入院することなどによる認知症の発現を予防するためには、滑りやすい床や、つまずきやすい物などを老人の周囲からできるだけ排除しておく必要がある。また、高齢者では全身麻酔下で手術を受けると、それをきっかけに認知症が急に出てくる場合も多いので、身体疾患の早期発見・早期治療を心がけることも重要である。たとえば、若い人が肺炎に
なれば高熱が出るが、老人では重症の肺炎になっていても高熱は出ず、なんとなく元気がないだけのことがある。だから、同居している家族に求められることは、アンテナを高くして、いつもと少しでも違ったことがないか常に注意深く観察することである。


夜間せん妄の予防のためには、夜間に目が覚めて周囲を見た時に錯覚するような物を置かないことである。たとえば、室内にハンガーに掛けた洋服を下げておくと、人影と誤認する場合
が多いし、数枚の座布団を積み重ねておくと猫がうずくまっている、と錯覚する。このようなことを防ぐためにも、夜間は寝室を真っ暗にするのではなく、中ぐらいの明かりをつけておくほうがむしろよい。

 


また、施設に入所する場合、ョ-ロッパなどの先進国の養老院や施設では、使い慣れた小さな家具をもって入所することができるようになっている。日本では長年にわたって入所する痴呆老人が施設側の家具に合わせることが当然とする風潮があった。しかし、最近になってようやく日本でもこの運動が根づき始め、いくつかの認知症老人専門病院では、日本人になじみやすい木造の病室をつくり、しかも長年慣れ親しんできた小さな箪笥や鏡台などをもって入所できるような配慮がされるようになってきている。このように、日本における認知症老人の専門施設における介護・環境も飛躍的に改善しつつある。