第Ⅲ期は寝たきり

◎対人関係と人格の変化
アルツハイマー病では、さまざまな精神機能が記憶障害や認知障害の形で高度に侵されて
くるにもかかわらず、対人的な場所では社会的対応、挨拶の形式は残っています。挨拶だけにとどまれば、何の異常も感じさせないほどですが、少しでも話が進めば、健忘や認識障害が明らかになってきます。つまり、人格のうわくのかたちはよく残っているものの、内容はほとんどないことから人格は形骸化して、表面的な行動はもっともらしいのが特徴的です。


◎鏡現象
鏡に映った自分の姿を見て鏡に話しかけ、あるいは物を渡そうとしたり、鏡の自分を自分と認知できず、怒りを示したり、鏡の後ろにまわって対象を探そうとする現象を鏡現象とい
います。この現象は自己認知の障害、相貌失認によるといわれていますが、実際は健忘、視空間失認、失行が加わって生じた現象であって、アルツハイマー病やアルツハイマー認知症に特徴的とされています。

 

◎クリューバー・ビューシー症候群
精神盲(視覚失認)、口唇傾向、あらゆる視覚性刺激に反応する傾向、情動行為の変化、食習慣の変化などの症候群を特徴とします。このような症候群がアルツハイマー病において高頻度にみられることが指摘されています。

 

第Ⅲ期
第Ⅲ期になると、認知症はきわめて高度となり、言語、行為、認識、記憶、判断などあらゆる高次の精神機能がほぼ完全に失われた状態になります。意識は比較的保たれていますが、ときに意識水準も低下し、傾眠状となります。まどろみ認知症といわれる由縁です。
これらの状態は、失外套症候群あるいは無言無動状態と呼ばれています。ここでいう外套機能とは大脳皮質全体の機能という意味です。この時期は寝たきりとなり、植物状態に至ります。

言語障害、行為障害、認知障害

言語障害
言語障害についてはくわしい報告があります。それによると第1期から喚語障害、無意味な自発語が多くなり、失名詞、錯語がみられ、さらに言語の理解も障害されます。これらの障害のタイプは感覚失語またはウェルニッケ失語によく似ています。また言語の社会的、実際的側面が障害され、人と会話することができなくなり、聞き手のほうも患者の言葉が理解できなくなります。
読字では、音読はできるが、字の意味がわからなくなり、書字は自発語の障害と一致して障害を受けます。

 

◎行為障害
行為障害と認知障害は第Ⅱ期の特徴的症状ですが、両者の区別は判然としません。行為障害がおこるのは、物体自体を視覚的、触覚的に理解できなかったり、指示した言語の理解が困難であるためと考えられることがあります。それらは次のような障害によって観察されます。

第Ⅱ期のかなり早い時期から、調理、食事、洗濯、掃除、入浴、洗面、着脱衣といった長年にわたって習得されてきた行動ができなくなります。記憶障害は著明であるものの、言語的生活は十分可能で、感情反応にも異常がみられず、人格もよく保たれているようにみえる患者が、家では料理や買い物がまったくできないということもあります。アルツハイマー病では着脱衣がとくに困難です。これらは、観念失行、観念運動失行、構成失行と呼ばれています。


認知障害
この病気では、視覚失認、視空間失認、相貌失認、同時失認などが認められます。物品の認知ができず、空間に配置された物体の認知がある一カ所に固着して正しく扱えない、絵や写真を見せても全体の内容がわからない、空間的な場所や地理的な方向がわからない、時計の認知ができない、左右、手指認知ができない、よく知っている人の顔がわからないなどが頻繁に出てくる症状です。

とくに地理的な失見当識は記憶障害との関連でみるよりは、むしろ視空間失認としてとらえる必要があります。アルツハイマー病の進行過程からみると、この視空間失認は比較的早い時期であるために家族は驚くことが多いことになります。しかし、認知障害は一般に第Ⅱ期の後半にみられることが多く、先に述べた行為障害よりは遅れて現れます。